TOARCO TORAJA 世界に比類ない品質のコーヒー

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トアルコ トラジャの歴史HISTORY

珍重ののち忘却…
そして見事に甦った奇跡のコーヒー

17世紀末、インドネシアのコーヒー栽培は産声を上げました。中でも戦前栽培されていたトラジャコーヒーは、ヨーロッパの王侯貴族用で、その希少性と上品な風味がごく一部の人々に珍重されるだけでした。しかし第二次大戦が始まると、栽培どころではなく、農場は荒れ果て、トラジャコーヒーは死滅したと思われていました。そのトラジャコーヒーを甦らせたのがキーコーヒーです。再び市場に登場したのは、トラジャコーヒーが市場から姿を消して以来、約40年の時を経た1978年。これが「幻のコーヒー」トアルコ トラジャの新たな船出だったのです。


  • スラウェシ島 現地調査スタート

    1973年4月。木村コーヒー店(現キーコーヒー)は、インドネシア・スラウェシ島へと一人の役員を送り出した。かつて「セレベスの名品」と呼ばれたにも関わらず、戦後の混乱時に世界の表舞台から消えたトラジャコーヒーの現状を確かめるためである。トラジャコーヒーの故郷は島中部山岳地帯。用意されたジープで現地へむかったものの、悪路により途中からは馬、そして徒歩での強行踏破だった。ようやくたどり着いた先で目にしたものは、旧コーヒー農場の無残に荒れ果てた姿だった。しかし前近代的なやり方ではあったが、現地農家はトラジャコーヒーを大切に守り、細々とでも育て続けていた。彼が下した決断は「トラジャコーヒーの再生は、可能である」そして「この事業の目的は一企業の利益にとどまらず、地元農民の生活向上、地域社会の経済発展に寄与し、さらにはトラジャコーヒーをインドネシアの貴重な農産物資源として国際舞台によみがえらせることが重要である」という強い意志であった。

  • トラジャコーヒー再生プロジェクトの事業会社
    「スラウェシ興産」設立。

  • トラジャ・コーヒー開発計画書
  • インドネシア現地法人「トアルコ・ジャヤ社」設立。

  • トアルコ・ジャヤ社生産の初めてのトラジャコーヒーが日本へ出発。

  • 「トアルコ トラジャコーヒー」全国一斉発売。
    キャッチフレーズは「いま蘇る幻のコーヒー」

    前年のクリスマスの夜、トアルコ・ジャヤ社が生産した初めてのトラジャコーヒーが「ちえりぼん丸」に積載され、1月4日に横浜に到着した。カップテストの結果、品質は良好。商品名も「トアルコ トラジャコーヒー」と正式に決定し、いよいよ3月10日の日本発売が目前に迫った。発売に先立った試飲会では、各界の著名人から賞賛の言葉が寄せられ、各マスコミでも、商品はもとよりトラジャの風土や文化までもが取り上げられ、「幻のコーヒー」復活プロジェクトは世間の耳目を集めた。そして発売後、予想を大きく上回る反響、さらに店舗での品切れ続出という、社内でも想像し得なかった事態が発生した。人気をあやかった類似品の出現など、それは初めてトラジャの地を訪れた5年前には夢にも思えない出来事であった。

    第1回輸出船
    トアルコ トラジャコーヒー試飲会
  • モデル園での管理栽培
  • 直営パダマラン農場、本格的な生産・収穫を開始。
    トラジャ大豊作の年。

    パダマラン農場で収穫するトラジャの女性
  • パダマラン農場内に、精選加工工場完成。

    パダマラン精選加工場建設作業
  • 国際食品展に出店
  • 業務向け情報誌『フロム・キー』トアルコ トラジャ特集号
  • 「キーコーヒー株式会社」に社名変更。

  • 強化した欠点豆の混入率検査
  • 「'91トアルコ トラジャ新宣言」

    トアルコ トラジャコーヒーの開発に着手して20年。幻だったトラジャコーヒーはプロジェクトに携わる全員の惜しみない努力の結果、大量供給が可能になっていた。この年、キーコーヒーは「’91トアルコ トラジャ新宣言」を発表。トアルコ トラジャのブランドをさらに強固にするため、新商品を次々と発売し、『トアルコ トラジャ通信』の発行、「トラジャコーヒー教室」の開催など、一大キャンペーンを展開していった。また、この年トアルコ トラジャにとって記念すべき出来事があった。天皇・皇后両陛下がジャカルタを訪問した際に、トアルコ トラジャをご賞味になり、ご帰国時にはお土産としてお持ち帰りになったのである。また、駐インドネシア國廣大使ご夫妻がパダマラン農場を来訪した折には、農場内中央部の見晴らしの良い場所に作った東屋を、睦子夫人のお名前から一文字頂き「睦見茶屋」と名付けるなど、親善に関わるエピソードにも事欠かない年であった。着手して約20年。

    『トアルコ トラジャ通信』創刊号
  • インドネシア国内での焙煎事業開始。
    スラウェシ島内に限定した国内販売スタート。

  • ジャカルタ・パセラヤデパート内
    キーコーヒー対面売場の「キーコーヒーショップ」
  • 雑誌広告
  • 定温15℃維持のコンテナ輸送を実施。

    収穫時の鮮度と香り、それを保たせるためには、収穫、精選から輸送、焙煎、包装、物流、店舗販売までを一貫した品質管理の下に行い、しかも短期間のうちに製品化することができる仕組みが必要である。また現状に満足することなく、常に改善を行う柔軟さも求められる。この年、さらに高品質のトアルコ トラジャコーヒーを市場に提供すべく、91年度から行われている「トアルコ トラジャ・ファーストクロップ」の現地から日本までの輸送に、定温15℃維持のコンテナを使用し始めた。ファーストクロップとは、毎年4月からはじまる収穫作業のうち、シーズン最初に収穫した初摘みコーヒー豆だけを製品化したトアルコ トラジャコーヒーのプレミアム商品である。業界初の試みであり、完全予約限定販売のこの製品は、発売以来好評のうちに完売となっている商品であり、コーヒーファンにとっては新シーズンの幕開けを告げるものとして恒例になっているのである。

    新聞広告号
  • 集買地域の広がり。

    事業初期からトラジャ地域の各所で連綿と継続してきた農民講習会の成果により、着実に生産地の標高が上昇しつつあった。この年、標高1500mのミナンガ地域での集買が開始され、これまでのトンドリタック郊外での集買品より良質なコーヒーが入手可能となった。さらに標高1800mのプルプル村で栽培されたコーヒーの限定販売を実施し、高地産特有のクリーンな香りを持ったその品質が評判となった。生産地の標高が順調に上昇していく中、パダマラン直営農場は農民講習会の開催頻度を増加させ、技術発信基地としての性格を強めていった。この年には農場の一部の区画で有機栽培コーヒーの栽培テストが本格的にスタートし、後年のグッドインサイド認証取得の礎となったのである。

    標高1800mのプルプル村
  • 初のインドネシア人農場長のユスフ氏
  • ウマ地区やペランギアン地区で集買が始まる。

    農民講習を推し進め、地域農民との関係はさらに強化されていった。集買地域も山岳地へと拡大し、新たにウマやペランギアンなどの地域で集買が始まった。ウマ地区は標高1600mと生産地の中でも高地に位置し、また腐葉土に富んだ肥沃な火山灰土壌はコーヒー栽培に最適な条件が整っていた。ペランギアン地区は勤勉で熱心な農民が多く、当社が配布した苗木による新植も盛んに行われていた。地域的には山の東側に位置する為、午前中に日が良くあたり、午後は日がかげるという日照条件を持ち、コーヒーがゆっくりと成熟し、比較的大粒で質の良い豆が採れる地区であった。

  • 直営パダマラン農場が、世界最大のコーヒー認証プログラム「グッドインサイド」の認証を取得。

    トアルコ トラジャ30周年を目前にし、トラジャブランドの再構築作業が開始された。ロゴマークの刷新、品質規格の再規定など多くの項目が見直された。同年の10月より「新生トアルコ トラジャ」として販売を開始し、多くのメディアからの注目を集めた。また、環境に配慮し、循環農法の実践を行ってきた直営パダマラン農場が「グッドインサイド」の認証を取得した。グッドインサイド認証はコーヒーの品質は無論のこと、「社会的、文化的要件」や「環境要件」、「経済的要件」など200項目以上の審査をクリアして初めて取得できる世界最大のコーヒー認証プログラムである。農場の審査にあたった認証団体は当社が長年に渡って地域一体柄事業を行ってきたことに、高い評価を与えたのである。

    新旧ロゴマーク
  • 30周年記念ギフト
    ジャカルタで1週間に渡って実施された「インドネシア・日本博覧会2008年」にブースを出展しました
  • トアルコ トラジャをベースにした「トラジャ ブレンド」シリーズを、リニューアル発売

    ・VP トラジャブレンド(真空パック)
    ・LP トラジャブレンド(ライブパック)
    ・ドリップ オン トラジャブレンド

    リニューアルした「VP トラジャブレンド」
  • トアルコ トラジャ 35周年キャンペーン実施。

    トアルコ トラジャ 35周年キャンペーンページ
  • インドネシア マカッサル市内に、
    トアルコ トラジャのアンテナショップ
    「TOARCO TORAJA COFFEE」がオープン。

    トアルコ トラジャのアンテナショップ
  • 「ドリップ オン トアルコ トラジャ」
    ストレートアイテム発売。

    ドリップ オン トアルコ トラジャ